病院にて

2ヶ月ほど前から通院している。

背中に腫瘍のような腫れ物ができたのに気付いたのは昨年の秋。

毎日風呂場からあがり、身体を拭いている最中に何か固いものがあるなとは思っていたが

ごく小さな腫れ物だったので当時はそれほど気にしていなかった。

それが年明けからぐんぐんと大きくなっていく。

大きくなるだけならまだ耐えられたが、徐々に痛みが伴ってきた。

腫瘍はわたしの背中で、大きくなるごとに、忘れていたことを忘れさせないために

その存在を主張してくる。

耐えきれなくなったわたしは病院にいくことにした。

 

本格的に通院するのは何年ぶりだろう。

その前に病院に入るということが何年ぶりか。

記憶にある限りでは7,8年前、おろし立ての鉈で指を打ってしまい、急患で運び込まれて以来かもしれない。

地元にあるそこそこ大きな総合病院にむかう。その日は朝起きてから一種の病院ハイになっていたのもあり、少し気合いを入れて早めに病院に行くことにした。

車中、唐突に思い出す。遠足の朝、小学生の頃。

こんな期待と不安がない交ぜになった気持ちだったことを思い出す。5年生のとき、2組の馬面で斜視の鈴木君が、遠足当日にお弁当を忘れてしまったことがあった。お昼の時間にクラスで少しずつ、おかずのお裾分けをしたことを思い出す。鈴木君は嬉しそうじゃなかったし、それどころか、その表情はいただいたおかずの分だけ暗くなるばかりだった。鈴木君は苦虫をかみつぶした顔をして貰ったおかずをおかずで食べていく。遠足のために新調したとおぼしき緑色のトレーナーが妙に艶っぽく、

沈んだ表情と皮肉な色調を周囲に浮かばせていた。

数十年後風の噂で聞いたが、鈴木君はその後盗賊になって豪勢に金を儲けたが、ついには足がつき今は塀の中でご飯と一緒におかずを食べている。

 

病院という場所は、わたしの予測を無視した未知なる場所だった。

院内は芋の煮っ転がしを鍋ごと逆さまにひっくり返したごとく混雑していた。

受付の場所すらわからないわたしは、

獲物の目標が定まらないゾンビのようにゆらゆら院内をさまよう。

どうやら院内の他のゾンビの流れを見ていると左手が受付らしい。

なんとか受付を済ませた新入りゾンビは、「皮膚科」へとむかった。

皮膚科にはすでに受付を済ませ腹を空かせた彼らが椅子に座っている。

新入りが入ってきたことで好奇の視線をわたしのはらわたへと向ける。

「違うんです。ボクの病気は背中なのでそこ見ても何もありません。」

突き刺さる視線に申し訳なさを感じながら心の中で謝る。

皮膚科の受付ゾンビに診察カードを渡す。1時間ほどして診察室へと案内された。

期待していた通り、リーダーゾンビ(医者)はわたしの腫れ物を的確に診察して、執拗にわたしの肉付きを確認する。

背中のこぶは、手術しないと根治しないものだった。

後日、わたしは手術を受けることになった。

手術といっても簡単なもので、

殻の付いた松の実状の肉片を小指の先程背中から切除するだけ。

30分程度で済んでしまった。

切除された肉片を看護婦さんがおもむろに目の前に差し出す。その肉片はとてもうまそうだった。切除された肉の断面の赤身と脂肪が、ほどよく炊けた豚の角煮を連想させた。

わたしは差し出された肉片をそっと口元に。

 

診察を終えた皮膚科の待合室では、車いすに乗った青年が、

付き添いの女性の尻肉を、まるでそこに柔らかい大きな瘤があるように右手で執拗に押し続けている。

女性は見えない空気が膨らんで彼女の尻をつつく心持ちで、気にもとめていない。

院内の中央通路を挟んだはす向かいの精神科、

こちらをじっと見つめる中年男性の姿がある。

わたしが振り向くと首を元に戻して視線をそらす。わたしが正面を向くと男性はまたこちらを凝視する。

こんなやりとりが数回続いた。

男性は笑い出した。

わたしもつられてにっこりと笑い返した。

それだけだった。破顔していた男性の表情が一瞬で素に戻ると、さっきまでの世界は男性の中に存在しなくなった。

その時その前の無の状態に戻ってしまって、わたしのことなど忘れて、男性は永遠に正面を向き続けた。

 

あと何年も病院にはかかりたくないなと思う。

しかし、40年無摂生に酷使した体は今後いうことをきかなくなるばかりだろう。

「時間」は、若さという春も老いという冬も、みな等しく分解して砕いてくれる。

時間はやさしい物差しか。

人はその物差しにあてられ、1舒磴い猟甲擦貌々馬鹿騒ぎをするだけなのだった。

 

 

街の中の玉こんにゃく

玉こんにゃくは食のダイヤモンドである           *写真はイメージです。

           

 

年越しは妻の実家がある山形県で過ごした。

高校を出て以来20年、年越しを実家で過ごしたことがなかった身にしては、

妻の実家ではあるが久しぶりの所謂「年末年始」を経験することになったわけだ。

突然だが、結婚をするとか、恋人と同棲するとかパートナーと一緒に生活するということは、自己の世界の中の飛行場に、異なった生活基盤を通過してきた「異邦人」をいかにうまく着陸させていくか、お互いのパイロット実技試験だと思う。

うまく着陸できることもあれば些細なことで空中爆破することもあるだろうし、

片足着陸でなんとか飛行場に着きはしたがあえなく大破することもあるだろう。

試験飛行も成しに無事に着陸できるかは運が大きく左右することだし、

訓練を繰り返したからと言って安心して着陸できるほど安易でもないし保証もない。

着陸の成功は時代の空気にも影響されるが、実際時代感に影響されない物事など

この世には一つも無いのだということが目の前に迫ってくる。

その時代感は誰が作っているのか、やはり人間なのである。それもほんの一握りの稀に出現する選ばれた人間達。

ではわたしたち大多数の人間は何者を演じなければならないのだろうか。

考え出すと少々怖い。

 

玉こんにゃくで有名な山形県、勿論妻の大好物の一つ。

玉こんにゃくに恨みはないが、興味も好きでもなかったわたしは、妻の玉こんにゃく好きをしっかりと受け入れ管制塔で誘導しながら今のところ無事着陸に成功しているように

見える。

その玉こんにゃくだが、山形県民で食したことがないという人間がいるだろうか。

日本全国に「食」を売りにした場所はあると思うが、

密かに山形県こそ、そのなかでも抜きんでた食の王都の地方都市代表だと思っている。

玉こんにゃくもそんな王の都がお薦めする珠玉の食べ物の一つ。

県民の方々はそれぞれに玉こんにゃく哲学を持っていて、

各々好みの性癖というか食癖がある。

その食癖にかなわない玉こんにゃくは、味哲学という名の銃に装填された弾丸で撃ち抜かれ断罪される罰が待つ。

ざっと挙げても、味が中まで染みていない、こんにゃくが小さい、辛子の付け方が悪い、出汁が悪い、熱々じゃないなどなど。

年末や新年ともなればいたるところで玉こんにゃくたちが山形県民の生活に侵入してくる。

山寺の参道は言わずもがな、道の駅の売店、産直の店先で、大型ショッピングモールの店内で、温泉のカウンター横にも存在感を発揮する。

あの独特の醤油とするめの合わさっただし汁の匂いが、お参りや運転または買い物するもの、湯を浴びるもの達の上にも燦々と降り注いでくるのが年末年始の山形なのだ。

その匂いでこの時期の山形県を透明なドーム状の中に地域ごとまったく包み込み、県外の地域から隔絶するのだった。

妻の実家の正月は漆重箱のおせち。

中にはやはり王の中の王或いは姫君「玉こんにゃく」が、その銀色に輝く丸い御体躯を、重箱の中で優雅に遊ばされていらっしゃる。

玉こんにゃくを箸で摘もうとするが、姫は不遜の輩を気に入らないご様子で、

つるつるころころ、水光りする身体を自由奔放に動かす。

腰を左右に激しく揺らし、その腰が抱かれようとする一瞬にするっと両の箸から絨毯で敷き詰められた漆重箱の玉座へと舞い戻る。

的を絞らせない。

わたしは意を決しゆっくりと箸先を玉こんにゃくの頭上に落とし込む。

観念した玉こんにゃくの中心に箸が突き刺ささり、軟らかいゼリーの上にビー玉を落としたような形に歪んだ先から透明な出し汁があふれ出す。

それでも気を抜くと、玉こんにゃくは腕に渾身の力を振り絞って箸先から逃れようともがきだす。慎重に恐る恐る箸を口に持っていきつつ同時に上顎と下顎を大きく開いて口内に玉こんにゃくをいれると口を閉じた。

玉こんにゃくの弾力を口中に感じながら二度三度咀嚼し王都は陥落した。

 

「少量食べるぶんには玉こんにゃくも美味しいよね。あはは。」

 

タマコン哲学が完成した瞬間だった。

 

Viva玉こんにゃく。

 

 

 

*皆様、新年明けましておめでとうございます。

今年も拙ブログをよろしくお願い致します。

一体どのような方々がこのブログを読んでくださっているのか、果たして読んでくださる方がいるのかすら覚束ないわけですが、

下賤の身であるわたしには頭を上げるすべもありませんのでよく分かりません。

漆のことを全然アップしない駄目なブログではありますが、

更新も滞りがちな駄目なブログではありますが、

摘める砂粒くらいの数であろう慈悲深い読者の皆様が、こんな馬鹿で阿呆な奴が世の中にいるんだと励ましの一助にもなれば、

または時には暗澹たる気分になる方もいらっしゃれば、これほどの喜びはありません。

インスタグラム共々(こちらは妻がアップしているのでご不快な気分にはならないと思います。)

引き続き本年もよろしくお願い致します。

皆様の2017年が素晴らしい1年になりますように。

                                   猪狩

 

岩手県北にも遅い春が


3月末の岩手山まだ裾の方まで雪が残っている


岩手山には「盛岡方面から見る」「八幡平方面から見る」
どちらが雄々しいのか意見が対立するらしく
中央対地方のお国自慢も絡んでいるのだろう
(写真は岩手町から見た)

庭先にも梅の花やヤマブキ、スイセンやユキヤナギの花が咲き始めた。
県北の春は遅い。新聞などメディアで各地の春情報を見るたびに、
岩手の春は当分先のことだなと毎年感じている。
迎春が遅いだけに、一度その兆候が現れると県北の春は猛烈だ。
私は一種の「祭り」と思っているけれど、怒濤の勢いで春が「チンドンチンドン」鳴らしながら空から押し寄せてくる。
風はホウホウ吹き下ろし山はゴウゴウと動き出し、寒暖を小刻みに繰り返しながら、
一日中暖かい日があるとここぞとばかりに、
動物たちが動きだし植物が芽を吹き出してくる。
「祭り」だから生き物という存在全体で春の御輿を担ぎ出す。田舎の人間も例外ではない。
今まで穴蔵という薄暗い屋内に身を潜め、
肩を細めて冬をなんとかやり過ごしていた人間たちも、
春のサインを受け取ると、各々の思いを持って山や畑に行進していく。
人間も自然の歯車のほんの小さな一つの部品でしかない。
みんな自分は長寿を全うするだろうと多分ぼんやりと思って生活している。
でもみんな知っている。死んでしまうときは、若いとか老いたとか容姿に関係なく、
突然であれ徐々にであれ間違いなく襲ってくることに。
春は乱暴に言ってしまえば「生まれてくる若々しい季節」、冬は「死にゆく老いた季節」。
そして生があれば死もまたすぐ横にいて、
私たちの長短の生の謳歌を辛抱強く見守っている。
春があれば冬がありその逆もあり、二つの季節はお互いの存在を担保にして自らの生を保持している。
生き物は生がありそして死も訪れるのは必然なのだと、
ここに住んでいると身近に感じる。


春先の空は本当に青く深い
海が空にあった
空が海にあったこともあるだろう


塗り終わった器たち


アップが遅くなった「Peak For Meal」で催された朝食会


玄関前に小さな店舗を構えて
食事素晴らしかった


ご主人の吉田正希君と料理を作った玲奈さん
プリンはぷりんぷりん 真性プリン星人としては食後昇天


3月に味噌を仕込む。
以前作った味噌を食べてしまったので重い腰を上げる


豆は二戸市のもの
麹は一戸町小鳥谷の麹屋さんのものを使用
塩はシママース




茹でた後に残った豆汁を味噌汁にする。
普段の昆布だしとはまたひと味違う、こくの感度が別種の汁になる
香りも違う 美味い


味噌を作っていると、猫がネズミを捕ってきてくれた
食い物を「喰う」という本質は人間が味噌を食べることも猫がネズミを食べることもなにも変わらない
変わるのは人間はなんでも加工して喰うが
猫はできない、というかする必要がない
 
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「生活工芸展」
2017年3月18日(土)–3月9日(日)
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2016年11月9日(水)–2017年1月30日(月)
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2016年11月18日(金)–11月23日(水)
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2016年7月22日(金)–8月30日(日)
石川県立伝統産業工芸館(石川県金沢市)
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2016年5月28日(土)–5月29日(日)
あがたの森公園(長野県松本市)
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