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旅の僧

 

 峠道の頂に差し掛かろうとした旅僧は、前方の道端に奇妙な岩を見た。長粒型をした人の背丈の倍はある岩なのだが、奇なるは芯の岩に小岩が己から吸い付いたかのごとく凸凹と表面を覆っていることである。長年の風雨にさらされても、このような形にはなるとは思えない。人為的に加工したものではないことは、鑿の痕や石などで彫ろうとした形跡が無いことで分かった。この峠道は犬無村から十戸町に抜ける間道として近隣では知られており、旅僧は昨晩に犬無村の○○屋という不味い料理と水のような酒を出す店でこの道を教えてもらったのだった。普段から通るものの少ない道とみえて、草が周囲に生い茂る。頂についた旅僧の衣の袖や下衣に点々とヌスビトハギの実が緑の心臓の形を刻んでいる。峠道を上りきった旅僧は一息入れようと奇妙な岩の側に腰を下ろし、腰に差した黒光りする塗りの竹筒から水を飲んだ。その岩を横から見ると、付着し突き出た小岩の数々が昆虫の足を思わせ、全体の形は大百足が天に昇ろうとした寸前に永遠に硬化したように見えた。旅僧は沢で汲んでおいた水を半分ほど飲み終えたのち、疲れに任せつつ物思いに沈んだ。この旅僧、出身は下野国、北方の観音巡りの途中であり一念祈願した旅から早数年が過ぎていた。出立の際の清潔な姿からは想像もできないほど、時間と距離を増すごとに旅僧の衣身体心に、汚泥で何度も捏ねくりまわした垢が塗り重ねられていき、藍に染め抜かれた法衣もいつのまにか赤黒く変色し、頭の菅笠は所々破け雨風をしのぐのにも心許ない。ここ数ヶ月のあいだ、己の身の上のあまりのみすぼらしさとわびしさに、旅の後悔と後悔する己の恥ずかしさに板挟みになっていた。もとはと言えば、この観音巡りを思い立ったのも、下野国で修行中の朋輩たちの中から一歩抜けだし、寺の羨望を一身に受けたいという旅僧の心から出たもので、当初は適当に旅をこなしながら一年ほどで寺に戻ってくるはずであった。一年で戻るには九十八カ所の観音の中から適当な数の堂に選り分けなければならない。ところが朋輩の羨望の眼差しが大きくなるにしたがい、小さな寺だけの話に尾ひれ背びれが付け足され、その寺から隣の寺へ、そのまた隣の寺へ、噂は矢のごとく駆け巡ってしまい、旅僧が気がつけば下野国はもとより関八州にその噂は放たれていたのだ。つまりは全九十八カ所の観音を巡らなければならないはめになってしまったのだ。一時の虚栄心のために。物思いにどれくらいの時間が経ったのか、旅僧ははたと我に返り、犬無村の桂観音から十戸町の馬越観音に向かうところであったのを思い出した。今はその途上、ちょうど真ん中にあたる峠の頂である。旅僧は平手打ちされた羽虫のように一瞬ほうけた表情であったが、伸び放題の顎髭をかゆいともなしに左の指で掻き回しながら、こうしてはおれない先を急ごうと腰をあげた。腰を上げ、峠の道を馬越観音に足を向けた旅僧は、いつの間にか岩の反対側に女が俯いて座っていることに気がついた。どうしたものか、おかしなものだと旅僧は思った。こんなに人気のない峠の間道に、私以外の人があろうものならすぐにでも目につくはずである。だがこの女は旅僧に悟られず、岩の反対側で腰を下ろしていたらしい。そうか、私が頂に着いたときに、すでに女は岩の反対側にいたのだな、女の方でも突然旅僧が現れたので、こんな人気のない場所、姿を現すにも気持ちが入らなかったのだろう。旅僧が物思いに沈んでいる間、この女はだいぶ当惑していたに違いないし、心許ない気持ちでいたであろうと旅僧は女のことを慮った。憐れに思ったかどうか旅僧。女の前に進み出ると、憐れさに道中の寂しさも手伝ってか、ふと俯いたままの女の顔をのぞき込みたい衝動に駆られた。草鞋を直す振りをして腰を屈めると、ちらと女の顔をのぞき込んだはいいが、旅僧はそのまま固まってしまった。なんともこの世のものとは思えないほどの器量を持った女ではないか。黒い雲がもくもくと発達したかの如き豊かな黒髪に、化粧筆で引いたに違いない優雅な線を持つほんのり目尻の上がった細い目、高すぎず低すぎずほどよい丘の形をした鼻梁の通った鼻、その下には一枚の羽毛が落ちたかのような小さな柔らかそうな唇が桜桃色の二つの膨らみを旅僧に向けていた。時間にするとほんの一瞬だったが、旅僧は女の顔に見とれていた。その一瞬の後、旅僧はまた別の視線を女に向けなければならなかった。女が笑っているのである。旅僧は自分に向けられた笑みと思い、先程までの人恋しい気持ちもあってか表情を笑みに変えるために顔面の肉に力を込める寸前であった。だが女が笑っているのは、旅僧の背後に向けてであった。正確に言うと、その目には旅僧の姿は一片も映っていなかった。女の笑い声はどんどん大きくなっていき、はじめ聞こえるか聞こえないか分からないほどのクスクスした笑いだったものが、時が経つごとに激しいものへと変貌していく。旅僧が恐れおののき背後に尻餅をつきながら両手を頼りに後ずさりしていく。ようやく首だけ双六で三進む駒のごとく来た道を振り返ることができたが、そこには大きな百足がいた。先程の大岩のあった場所に、岩であったあの岩が百ある足を器用に交互に動かしながら身体全体を天に昇るように波打たせている。旅僧にむき出しになった大百足の腹には赤と黒の斑模様があり、その一点一点が飛び散った人血が凝固した塊に見える。旅僧は震える両の手で力一杯周囲のウツボ草をむしりこんだ。足に力が入らないために、何とか両手の力で逃げようとするが、草をちぎるだけでいっこうに動くことができない。笑う女は立ち上がりつつ旅僧の背後に指を突きだした。地面が音もなく何層にも割れはじめ、二間ほどの範囲で地表面の膜がむけると、内側の薄い透明状の濡れた白絹に似た膜が捲れだす。その奥の暗闇から何重にも膨れあがった霧のようなものが旅僧を穴の奥深くに引きずり込んだ。引きずり込まれながら旅僧は悲鳴にも似た声にならない声を大きな穴の上にむけて発したが、穴の上からは笑う絶世の女と身をくねらせる大百足がみえるだけであった。

 

 旅僧は顎に当てていた手が抜けた拍子に、大きく身体を揺すぶった。物思いに沈んだまま寝てしまったようだ。日はまだ明るく太陽も天辺から少し下がった位置にある。その位置を見るとそれほど時間は経っていないようだ。体中から汗が何度も何度も汲みだした井戸水のごとく吹き出ているのが分かる。先程まで何ともいえない体験をしたような気がするのだが、どうにも思い出すことができない。一寸の間、自分がここにいる意味が分からなかったが、観音巡りの途中であることをどうにか思い出した。思い出して、後悔の念がまたたくまに青い空を灰色の曇天に変えてしまう。日が暮れる前には峠の坂を下りきらなければなるまい。旅僧は奇異な形の大岩から立ち上がるとその反対側へ足を向ける。大岩のそばには黒光りした塗りの竹筒が地面に捨て置かれていた。旅僧は自分の塗りの竹筒を確認したが、しっかりと腰元に差してある。非常に自分の竹筒と似ているのだが、自分のものは腰にある。旅僧は二度三度交互に竹筒を見比べてみたが、見れば見るほど自分のものがどちらなのかはっきり判別できない気持ちになってきた。悩んでいたが、とうとう旅僧は自分の塗りの竹筒を地面にそっと置いたかと思うと、捨ててあったそっくりの竹筒をゆっくりと腰に差した。どうしてそうしなければならなかったのか。旅僧にも分からなかった。周囲の地面にはウツボ草がみっしりと隙間無く生えている。無理矢理差し込んだ草花ならば、そのまま無理矢理咲かせればいいし、それで枯れてしまえばそれまでのこと。旅僧は奇異な大岩を横目に足早に峠道を降りていく。峠の頂は旅僧が去った後も、いつものように大岩と共にそこにあった。変わったことといえば、旅僧の竹筒が捨て置かれ、旅僧の竹筒が腰に差されたことだけだった。

 

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2017年3月18日(土)–3月9日(日)
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