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岩手県北にも遅い春が


3月末の岩手山まだ裾の方まで雪が残っている


岩手山には「盛岡方面から見る」「八幡平方面から見る」
どちらが雄々しいのか意見が対立するらしく
中央対地方のお国自慢も絡んでいるのだろう
(写真は岩手町から見た)

庭先にも梅の花やヤマブキ、スイセンやユキヤナギの花が咲き始めた。
県北の春は遅い。新聞などメディアで各地の春情報を見るたびに、
岩手の春は当分先のことだなと毎年感じている。
迎春が遅いだけに、一度その兆候が現れると県北の春は猛烈だ。
私は一種の「祭り」と思っているけれど、怒濤の勢いで春が「チンドンチンドン」鳴らしながら空から押し寄せてくる。
風はホウホウ吹き下ろし山はゴウゴウと動き出し、寒暖を小刻みに繰り返しながら、
一日中暖かい日があるとここぞとばかりに、
動物たちが動きだし植物が芽を吹き出してくる。
「祭り」だから生き物という存在全体で春の御輿を担ぎ出す。田舎の人間も例外ではない。
今まで穴蔵という薄暗い屋内に身を潜め、
肩を細めて冬をなんとかやり過ごしていた人間たちも、
春のサインを受け取ると、各々の思いを持って山や畑に行進していく。
人間も自然の歯車のほんの小さな一つの部品でしかない。
みんな自分は長寿を全うするだろうと多分ぼんやりと思って生活している。
でもみんな知っている。死んでしまうときは、若いとか老いたとか容姿に関係なく、
突然であれ徐々にであれ間違いなく襲ってくることに。
春は乱暴に言ってしまえば「生まれてくる若々しい季節」、冬は「死にゆく老いた季節」。
そして生があれば死もまたすぐ横にいて、
私たちの長短の生の謳歌を辛抱強く見守っている。
春があれば冬がありその逆もあり、二つの季節はお互いの存在を担保にして自らの生を保持している。
生き物は生がありそして死も訪れるのは必然なのだと、
ここに住んでいると身近に感じる。


春先の空は本当に青く深い
海が空にあった
空が海にあったこともあるだろう


塗り終わった器たち


アップが遅くなった「Peak For Meal」で催された朝食会


玄関前に小さな店舗を構えて
食事素晴らしかった


ご主人の吉田正希君と料理を作った玲奈さん
プリンはぷりんぷりん 真性プリン星人としては食後昇天


3月に味噌を仕込む。
以前作った味噌を食べてしまったので重い腰を上げる


豆は二戸市のもの
麹は一戸町小鳥谷の麹屋さんのものを使用
塩はシママース




茹でた後に残った豆汁を味噌汁にする。
普段の昆布だしとはまたひと味違う、こくの感度が別種の汁になる
香りも違う 美味い


味噌を作っていると、猫がネズミを捕ってきてくれた
食い物を「喰う」という本質は人間が味噌を食べることも猫がネズミを食べることもなにも変わらない
変わるのは人間はなんでも加工して喰うが
猫はできない、というかする必要がない
 
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「うつわベーシック 碗と椀」
2019年3月13日(水)–5月13日(月)
国立新美術館B1階 SFT GALLERY(東京)
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「フィールドオブクラフト倉敷」
2018年5月12日(土)–13日(日)
倉敷市芸文館前広場(岡山)
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「飯碗と汁椀展」
2018年3月2日(金)–3月28日(水)
うつわ京都やまほん(京都市)
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